独身実家暮らしの為、家事分担や買い物やペットの世話など一応してはいるんですが、はっきりとした役割はありません。暇と言えばずっと暇で、元々どこにも行かないというか行動力がなく、お金に関する意識も少なかったです。
最近、働きだしてからコロナに感染してしましい、本当にお金に関する色々な捉え方や工夫が大事かと思い、小銭貯金は「生活予備資金」、あるいは「緊急時対策資金」になると実感しました。
原点は幼少時の買い物と母が行っていた500円玉貯金です。
近所のスーパーでおつかいに行ったときに1000円札を一枚渡されて、牛乳やアイスなどを買ってきたんですが、レジでお釣りを貰い、家に戻って母にお釣りを渡したときに、「あ~あと3円(4円?)払っとけば500円玉お釣りに貰えたのにな~」っと今でもよくある何気ない親子の会話とシーンを30年以上経った今でもはっきりと覚えていています。
もう一つは母となんらかのケンカになった時、反省して落ち込んでいる中、「コミックボンボン買ってくる?」と500円玉を1枚手に握りしめて一人で近所の本屋さんに買いに行ったシーンを今でも鮮明に覚えています。
大人になった今、この「500円玉」の価値が段々重くなってきた感じがします。1回のお釣りでどんな買い物をしてもお釣りとして返ってくる500円玉は1枚しかないし、その500円玉もお菓子とかジュースとか食事代とか普通に買えるし、今までなんでもっと大事にしてこなかったか大反省する時もあります。
1週間単位とかで小銭を入金する際、基本何円かまでは確認しないんですが、500円玉の枚数を数えるだけで、少なくともお札を「何枚使ったかは」把握できます。無駄遣いしたとしても500円玉をまた使えば生活の貧困さは少なくなると思います。
1時間時給全国一律1000円になる時代とも言われており、ふと思ったのが、「30分働いたら500円玉を1枚ゲットできる!」みたいなワクワク感が生まれるのは僕だけでしょうか?(笑)
この感覚が身につけば、もしかしたら働く原点みたいなのが芽生えてきて皆で働くという時代も復活すると信じています。
人生最初の高校生の時のアルバイトが時給600円だったからか、この時の金銭感覚が未だに原点であり、同じ街にずっと住んでいるからかしばらくはこの感覚が抜け出せない感覚なんです。
また書きます。よろしくお願いします。

コメントを残す