こんばんわ。けいすけです。
勇気を出してワンカップの日本酒を一口飲みましたが、結局玉子焼きの調味料に使うことにしました。お酒は全然飲めません。養命酒と思って少しは身体に入れていいのかよくわかりません。。。
小銭貯金の話を再復習します。基礎をもっと磨きます。
ワンカップの瓶を再び再利用して小銭をそこに貯めてまた小銭貯金の大用を磨きたいと思います。この小銭を貯めて花瓶にしたい+花を買って添えたい「心技体」を整える訓練にもなります。(母の日のカーネーションとか誕生日祝い、お盆のお墓参りとかの贈り物を買いたくなるというかそんな感じ)
例えば、お札が3枚以上あったら、通帳を3つ作って分けて貯金すればお金は(多分)貯まります。ポイントは「貯金専用通帳」でしょうね。
元々、病院の先生に「小銭を集めておけばいいかもしれない」の一言を振り買って、テキトーに買い物する際に1000円札を崩す計画をなんとなく続けただけなんですが、これも自販機でパンパンに小銭財布を利用しているオジさんにも勉強させてもらいました。やはり小銭は大事なのは時代が変わっても変化しにくいんでしょうか??
僕は「小銭だけ」を瓶に集めて「500円玉」を意識して貯めています。この瓶か容器を「生活費の予備資金」という意識が大切で、いざという時の生活費に使えると思ったら生活習慣次第でイキイキというか幸福度が上がり健康的になれると看護師さんに褒められて本当に天使がいると確信しました。
なんで「500円玉」なのかはなんとなく「エンジェルナンバー」という神秘的な数字というか魔法的な導きがあると強く信じて「お釣りの500円玉」に集中してこの2年間半頑張ってなるべく現金払いにこだわってきました。
先代の「500円玉貯金」のプロの芸能人女性(Nさん)にアドバイスを受けた気でなんとなく始めたのですが、中々奥深いさすが昭和流だと美学を持ちました。
「教育・自立・貯金」の3つの基礎があれば貧困対策になると学校で習ったので、これだけはさすがに時代が変わっても逆に進化すべき3つの基礎と思っていたからです。
じゃあ、なんで「両替しないの?」って言われたのですが、「500円玉貯金」は両替ではありません。ここに早く気付くかが最大の魅力であり続けるべきというか信じるただ一つの「真実」だと確信しました。
確かに「1000÷2=500、5000÷10=500・・・と」単純計算ではそうなりますが、「1日に必要なお札」って考えたら割り算では無限になってしまうというか、お金持ちしか枚数を決めれません。
要するに「1000÷X=?」ではなく、割り算に「X=0に等しく近い感覚ではいけない」と気付けるかどうかなんでしょうか?(数学的にどんな数字でもX÷0=有り得ない、という計算になり、机上の空論になるみたいです。)
その「全部500円玉に両替しろ」というのは極端に言うと「全部1円玉にしろ」と言い返される可能性もあるわけなんでしょうか???
それなら国際化が進んだ現代では「為替」に繋がり1ドル150円くらいになった時に円安ドル高でがアメリカの場合、完全有利になるのでしょうか??逆にアメリカは5ドル札を大事にするから円高ドル安を公平にしているのが為替ってことでしょうか??
だから、昔からなんとなく缶ジュース(特にコーラゼロが大好き)を自販機で1000円札を使ってお釣りを残して貯める生活に慣れていたほうが、いざコーラゼロが150円以上になった時にあまり違和感なくコーラ会社も日米仲良くなるのが「自販機」ってことなんでしょうか??
安いからって円安ドル高の影響でドラッグストアやスーパーでいきなり「1本88円くらい?→1本120円くらい」になっても素直に買ってくれるかってことでしょうか?
専門家に聞いてみたいけど、協力者がいなくて親も会社の人も全く理解してくれなくて困っています。

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