こんにちは。けいすけです。
今日はたこ焼きを食べて色々妄想しています。
以前、明石焼きを食べに明石まで行ったのですが、お箸の包み紙に
「玉子焼き」と書いてあったので、江戸文化など歴史がある食べ物と認識していたのですが、たこ焼きより先に出たのか?後から出たのか?・・・と
今更ながら「永遠のテーマ」なんですよね。
全然文化に詳しくもない僕から見たらあんまり興味なかった話題なのですが、もし江戸時代に戻れて元祖たこ焼きを確認するとしたら、
結局は「タコ」なんでしょうね。それとも「玉子?」
織田信長様が「明石城」、豊臣秀吉様が「大阪城」、徳川家康様が「江戸城」の主なら、この3人がキーパーソンになるのでしょう。
「泣かぬなら・・・ホトドキス」で有名な武士3人なのですが、
この3人の趣向で現在のたこ焼きと明石焼きのルーツが分かれたのでしょうか?
5代目将軍徳川綱吉様が「生類憐みの令」を下してから家畜を禁止したのだっけ?動物を大事にする決まりが出来たので、ここら辺は詳しくないのですが、タコとか鶏はダメだったってこと??
だとするなら江戸時代末くらいまで明石焼きはダメだったってことなんでしょうか?
というか、「たこ焼き」ってソースと青のりだから、江戸時代にあるのかな?お好み焼きも焼きそばもそうだけど、こういうソース文化は明治時代に入ってからじゃないと「ソース」がないじゃん、って直感的に思うし。
どうなんだろう。ここまで一人で追及したことないけど・・・
多分、「だし汁」は魚の出汁とネギとか塩とかで作れるから・・・
明石焼き(玉子焼き)のほうがなんとなく先にできたような気もします。。。(全然自信も根拠もないけど)
玉子(卵)は絶対に要る食べ物だから鶏を保護する形で卵だけ使用した料理だから徳川綱吉様の令はOKっぽい感じがします。
でも、発酵技術・・。酒とかもっと昔の平安時代にもあるし・・・。
ふむ。ソース=甘い、と見るならなんとなく「糖尿病」と関係あるのかも??今度、糖尿内科の先生に聞いてみます。逆にだし汁の明石焼きは糖尿病1型の人はまマシ程度になるのかも聞いてみます。
糖尿病視点で見るなら最初の「たこ焼き」は「塩」だけだったとか?これが一番公平な文化と味なのかも??粉もんだから小麦粉がいるのか・・・。とりあえず一番最初に粉もんを作った人が偉大な人なんでしょうね。玉子焼きを膨らますというかお腹いっぱい食べたいから考えたアイデアなんでしょうか??
あまり考えたことがないのですが、北海道や沖縄でもたこ焼きってあるの??とか・・・外国の寒い国なら堅焼き鉄板みたいなのを輸入して買って皆でパーティーしているのかも???結局は「タコ・焼き」だから。。。
とりあえず、「出来立てのアツアツを食べる」=たこ焼き
だし汁をタコとタマゴ入りのスープに出来る=明石焼き
=両方「ぬくもり」があるのは一緒
と、今日大阪で食べたたこ焼きのソース青のり味で思いました。

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