こんばんわ。けいすけです。
小銭貯金も買い物も生活習慣も慣れて来て、また大阪で働きだしました。
都会の地下鉄やビル街が昔ニューヨークに一人旅(ニューヨークヤンキースの試合観戦と旧ヤンキースタジアム見学しました)をしてきた孤立感と被って日々不安になりますが、支援者が優しいのでなんとかなりそうです。
結局、早寝早起きすれば得するというか朝食を取って早めに出発すればいいだけなのでなんとかなりそうです。
PiTaPaのチャージ方法などがイマイチわかりませんが、こういう時に小銭を作るコツがクロスしてプラスに活きているので間違ってはなかったです。
あまり言いにくいかもしれませんが、昔、病院のデイケアに通っていたころを思い出します。結局毎日プチ旅行している気分になってきました。
トンネルに入れば時間間隔がずれるのは、おそらく「行って今日中に帰ってこれる」「帰りの電車に乗れば家に帰れる」安心感が生み出す時空と空間なんでしょうか??(同じ時間に思えないと言うか、一瞬未来に行っているというか)
ニューヨークの地下鉄は、当時2ドルでどこまで行っても2ドルという勉強をしてきましたが、世界中そんなもんなんでしょうか?
ドルが現在140円前後みたいですが、僕がニューヨークに旅行に行ったときは126円くらいだったかな?大分価値が変わっていますね。
飛行機の往復時間中にも円ドルの為替が動いている、という観点もあるのかな??
500円玉はおそらくどの国も「フェア(Wellfair?)」にしてくれる硬貨だと思います。一番信頼感があるのが500円玉なんでしょうね。
なんで「500円1枚」を「1000円札を500円玉2枚」「5万円なら100枚両替すればいい」とか価値観がずれるのでしょうか・・・。
この辺でドストレートに言われたら普通に、例えば5万円なら
「5万円」は有限なのに、「小銭両替なら有限だけど、思考回路次第で無限に近づく循環機能」みたいなズレが生じるんですよね。
そのズレの計算思考を整えるのに「500円玉貯金」や「貯金箱」みたいな発想が生まれるのに・・と言ってもわかってくれない人が多いです。。。
例えば1日1回買い物(自販機でもコンビニでも支払いならなんでもいい)をするとして、1日500円玉が1枚手に入るということは、
「1日に1000円札’’以上’’の’’お札’’を’’絶対’’使った故、499円~500円以内の買い物をして、お釣りが’’500円玉’’になるように計算したご褒美、と捉えるなら何を買っても個数とかお菓子とか果物とか缶ジュースでもなんでも’’公平’’にするお釣り硬貨が’’500円玉’’になる」持論があり、
これを1年365日自然に続けると支払額は36万5000円必要だけど、当然18万2500円は’’貯まる’’という昭和流の貯金であり、積み立てであり、この発想は未来永劫変わらないと信じています!

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